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2009年1月31日 (土)

七転び八起き 146

◇あれから一年

書類上、私が会社に復職を果たしたのは平成20年2月1日付けですから、今日でちょうど丸一年経ったことになります(ご承知のとおり、実際にはその前から通勤訓練、午前中だけの短時間勤務という練習をしていましたが)。

果たして、この一年間で自分の中で、そして自分の周り(職場に限っても)で何が変わったのか、あるいは何も変わらなかったのか、自分でははっきりとは判りません。

ですが、少なくてもこの一年間、(職場&家庭を含め)夏期休暇や数日の計画休暇(私用を兼ねた休養日)を除いて、急に体調を崩して休むことなく過ごせたのは、自分にとっては大きな自信になっています。朝起きたとき少し調子が悪くても、朝食をとりスーツを着、出掛けて電車に乗ってしまう頃には、いつもの状態に近いものになります。

少しくらい調子が悪いときでも、会社に出て、それなりに仕事をしていれば(悪く言えば、なんとか誤魔化し、うまく振舞えば)、その日一日を乗り切ることが出来ることを知りました。復帰1年目としては、上々の状態ではなかったかと思います。

出来れば2年目は、技術的な議論に少しずつでも加わっていき、仕事面での戦力になっていきたいと望んでいます。(あまり欲張りすぎて、アクセルを踏みすぎないように、肝に銘じながら)

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2009年1月25日 (日)

2月の「おしゃべり広場」のご案内

「おしゃべり広場」

  217日(火)

    家 族13:15~15:00

    当事者15:00~16:45

    柏中央公民館 4階 会議室1

「夜のおしゃべり広場」

  2月 6日(金)19:00~20:45

   けやきプラザ内我孫子南近隣センター

 和 室

2月20日(金)19:00~20:45 

 けやきプラザ内我孫子南近隣センター

第1会議室

    回復されてたり・服薬しながら働いて

いる当事者

   

 八千代の「おしゃべり広場」

  2月 4日(水)13:00~16:00

  家 族

    八千代市障害者福祉センター

うつ病で苦しんでいる当事者・支えているご家族の方 皆様のご参加をお待ちしています。

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1月の「おしゃべり広場」の様子

遅くなりましたが新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。今年初の「おしゃべり広場」が120日にありました。

参加者  家 族   8名

当事者   8名

 家族

  自分も長い間うつ病にかかっていて、以前当事者としてザフトに参加していたが、今度は妻が経済的なことが原因でうつ病にかかったので、家族の立場になり参加しました。自分が経験しているので、妻の様子がおかしいことにすぐ気づき病院に連れていけました。だいぶ良くなっているが母の介護や生活が苦しいため、ゆっくりと休養を取ることができないでいる。

*いろいろと行政にも相談をされているそうですが、夫婦で病気になると本当に大変だと思います。もっと安心して療養生活ができる世の中になることを願います。

 夫は2年前に発病し会社を退職したが、昨年の8月に再就職しフルで働いている。残業もこなしています。疲れて休日は1日中横になって休んでいる状態です。お正月もほとんど横になっていたので仕事に行けるか心配しましたが、なんとか行き出したのでほっとしています。

*まだ本人は体調も十分に回復していないのでしょうね。奥さまの理解があって安心して休養を取っているのでしょう。それでお仕事ができているのなら、今のままの生活パターンがいいのではと思います。

  娘が発病して1年になります。一時は2ヶ月ほど入院もしました。今現在は規則正しく生活はできていますが、本人は睡眠障害などがありまだ仕事は無理だと言います。一日中居間でごろごろしています。体力が落ちないようリハビリ施設に通わせたり、プールに行かせたりしています。何か子供に戻ったようでどう接したらいいのかわからない。ずっと一緒にいると自分もいらいらして、あれこれ言ってしまう。

*新しく来られた方です。まだうつ病についてよく理解されていないので他の方達からこういう時はこうしたらいいよとアドバイスをもらっていました。

まず一番大事なことは、充分に休養を取ること。体調が良くなり医師の指示があり、本人も行きたいのでなければ、運動などはしない方がいいのではと思います。せっかくたまって来たエネルギーがすぐ無くなってしまい、その結果ちょっと良くなっては体調を崩してダウンを繰り返すことになり、病気の回復が遅れてしまいます。心配のあまりの親心なのですが・・・

家族も朝から晩まで顔を合わせているとストレスがたまります。たまにはショッピングをしたり、映画を見たりと自分が楽しいと思えることをして息抜きしましょう。愚痴もいっぱいたまります。当事者には向けないでお友達に話したり、ザフトに参加してすっきりしましょう。うつ病を正しく理解していつも笑顔で接してくれる家族が当事者にとっては一番なのです。

当事者

  だいぶ良くなって11個の薬になった。順調に回復していて嬉しいけど逆に順調すぎて心配になるくらいです。うつ病の症状を比べてみると確かに良くなっていると感じられます。

*本当に良かったですね。あともう少しのところまで来ているのでしょうね。他の当事者の方達から喜びの歓声が上がりました。今は皆さん辛く先の見えない状態ですが、元気になった方のお話を聞けると皆さんの希望につながるのです。

  自分は性格がマイナス思考です。医者から性格は直らないと言われました。どうしたらいいのか悩んでいます。

*持って生まれた性格は変えられませんが考え方は変えられるそうです。これしかないと決めつけないで、これも一つの考え方で他には?と意識を変えるようにしたらと思います。体調がとても悪いのにザフトに参加できたのですから、やればできるとご自を褒めてあげてください。小さい事でも前向きに考えられた事はどんどん褒めてあげましょう。今は病気の性質上自信が持てないのです。褒めて認めることで自信の回復につながります。後は医師の言う通り認知療法にトライしてみましょう。

経済的に苦しいというお話が多かったです。

どのくらい良くなったら仕事を始めることができるのか。その見極めかたは?には、医師の指示に従うのが一番いいという意見でした。とかくあせって自己判断で動きがちです。何でも自分の気持ちを医師に話した方がいいのです。

皆さん最初から正社員として就職しフルに働こうと考えますが、その自信がないのなら少し慣らし運転が必要だと思います。リハビリ施設に行ったり、時間労働の短いアルバイト等で体力も自信もつけてから再就職してもいいのではないかと思います。

就職の時病気の事を話した方がいいのか?には今現在の社会では、まだまだうつ病について理解されていない状態なので、正直に話すのは難しいというのが大半の意見でした。

たくさんのご参加ありがとうございました。

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2009年1月17日 (土)

七転び八起き 145

◇厄払

「一家総倒れ」という、我が家に悲惨な状態が起きてから、ちょうど一ヶ月になります。昨年の下旬から今年の上旬にかけて、我が家の中では病原菌が猛威を振るい、病気の嵐が吹き荒れました。

事の発端は私自身の突然の腹痛と下痢から始まり、ある者は吐き気を伴い、ある者は高熱が主症状というように、人それぞれ少しずつ違いますが、家族4人が続けて次々と寝込むことになりました。胃腸の悪い者もいるので、食事は消化の良いおかゆやうどん、豆腐等の連続という日が暫くの間続き、最後には暫くこれらのものを食べるのは勘弁、と言う心境になりました。。

年末近くになり、ようやく皆体調を取り戻し、静かなお正月が迎えられそうな感触がした頃、更に追い討ちをかけるようなことが待っていました。学校の関係で自炊生活を送っていて一人この事態から逃れていた長男にも、この病気の嵐は待ち構えていたのです。

元旦に、久しぶりに帰ってきた長男が帰ってきて早々熱を出し、全員の中で最悪のインフルエンザと診断され、数日間部屋に隔離状態に置かれる破目になりました。病気の神様は家族全員に平等にやってきたのです。

でも「逆転の発想」をすれば、この病気の嵐を受けたことで、去年から今年にかけての2年分の我が家の「厄」が掃われたことになるのではないかと考えるのは、都合のいい考え方ですかね。

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2009年1月 4日 (日)

七転び八起き 144

◇家族にありがとう

新しい年が明けました。今年もどうぞよろしくお願いします。

去年は休職明けで、復職1年目を何とか無事に乗り切り、休み明けからは復職2年目となります。と言っても、特別に「今年の目標」と言うような強い想いはありませんが、年末年始を通して家族とともに過ごし、長年病気の父親を近くに見ながら、グレたり横道に逸れることもなく、子供たちそれぞれによく成長したものだ、とうれしく思いました。

私が発症したときちょうど長男は高3、受験を前に部活とバイトに明け暮れており、何かと気をもませましたが、何とか無事合格し、その後は親元を離れてバイトをしながら一人自炊生活を送り続け、今年無事卒業し就職という人生の大きな節目を迎えるまでになりました。

長女も当時中3で受験を控えていましたが、無事志望校に入り、部活と勉強で充実した高校生活を送り、卒業後は少し遠回りをしましたが、最近新たな目標を持って再び歩き出そうとしています。

外見上一番変わったのは末っ子で、当時はまだ小学生でしたが、今や中学生になり身長は我が家の女性陣を追い越し、もうすぐ私に並ぼうとしています。

このように子供たちが無事成長してきたのは、子供たち自身の力も大きいでしょうが、中でも私の分を含め一人二役の役目も果たした妻の存在が大きいと強く感じます。口に出してはなかなか言えませんが、みんな、本当にありがとう。

私の病気もまだ寛解というとこまでには至らず、これからも山あり谷ありでしょうが、今後も家族一同協力し、足りないところを補い合って暮らしていければいいなと思っています。

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